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高槻は日本でも有数の古墳地帯で、古くは縄文・弥生時代から人が集い、祭事や他の村との交流が、頻繁に行われていました。

なかでも邪馬台国の時代(3世紀後半)に築造されたとみられる安満宮山古墳から出土した「青銅鏡」が魏の国から海を渡り卑弥呼に贈られた物のひとつとみられることから、当時この地が海運を通じて外交の重要な役割を担っていたものと推察されます。

「青銅鏡にまつわる高槻の歴史物語」が後世に語り継がれることで、わが街における世代を超えた交流が歴史の継承のもと生まれます。

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